三島 小林貢さんの大豆のお豆腐、今年は6回、月1でつくることになりました。
今月の販売は明日、来月は7月15日の予定です。
宅配のお客さまも、やさいと一緒にぜひご注文お待ちしています!
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店名のREFSは“Real food story”を略しています。
起業をした時、美味しさの物語をしっかりお伝えしようと、毎日映像を撮って店内で流したりYouTubeに動画をupしていました。
手間の割にそこまでお客様が求めていないのかもとYouTubeのupはしばらくすると毎日はやめ、作りこんで編集したものを定期的にupをしていました。
先日、動画のリンクをはった7年前のツイートを見つけだし”いい映像”とリツイートして頂いた方がいらっしゃいました。
時が経っても、いい!と言って頂くのは嬉しいですね。
気になって毎日upしていた何気ない畑の風景の動画を見たら、9000回見られているものも。
なんだかわからないですが、また日常の生産地を撮っていこうと思いました。
そんないろいろ考えさせられリツイートして頂いた映像はこちら。
(編集やフォントにちょっと時代を感じさせられます)
うずわ味噌、生産の映像です。
最近REFSでまた人気になっている沼津内浦地区 郷土食のうずわ味噌、お店ではご試食もできます。
▽うずわ味噌はネットからも購入ができます。
https://refs.stores.jp/items/516d262262d7d518f4000100
長野の松川町に行くことなったので、寄り道して佐久穂の生産者のみなさんに会いに行ってきました。
しかし、長野も広い。
約2時間半離れたこの2地域も文化もまたちょっと違う感じでした。
佐久穂の “のらくら農園”へ。
まず思ったのが、すっごい涼しい!!
標高約1000mの農場は、今の時期に春菊、スナップえんどうがあったりと、ほんと驚き。
畑がとても綺麗で、野菜も綺麗な理由を聞いているとその背景のことになりました。
作業や出荷など詳細な日ごとのスケジュールも年間で決められること、農場経営のことなど代表の萩原さんの実行されていることビジョンに圧倒され、頷くばかりの時間でした。
萩原さんは千葉県出身。
埼玉の農業研修後、夏に佐久に来たら気にいり、約20年前にこの農園をはじめられたそうです。
のらくら農園、約10名のみなさん。
みなさん、目がイキイキ。
地元の方で萩原さんの想いに惹かれて働かれている方、土壌を数値化し元素記号を使い会話をする農場経営を学ぼうと全国からも研修にも来られているそうです。
時間があまりなく全ての畑は見られませんでしたが、美味しい野菜を見守るプロの集団。
八百屋でも自信を持って野菜や加工品をお客さまにご案内できるとまた確信ができました。
そこかから車で約15分。
トマトの生産者、佐久穂とさや農園にも行ってきました。
路地のトマトが終わる8月中旬頃から10月ぐらいまでとさや農園のトマトが登場する予定です。
とさや農園の土佐谷さんは新規就農4年目。
沼津出身で、実は元JA職員さん。
JAにいたころからもREFSにお越し頂いてました。
こうして夢を叶えて、本当に美味しいトマトをつくる土佐谷さん。
いろいろ質問をしましたが、なぜこの土地を選んだのか?
ということも改めて聞いてみました。
冬は寒くて作物ができない場所。
暖かい静岡でなく長野の佐久だったのか?
答えは、出会った人にあったようです。
そして、最後の訪問地は山梨の都留市へ。
お酢をつくる戸塚醸造店へ。
移転をされている最中、外側は工事中でした。
戸塚醸造店は日本でもわずかとなった製法でお酢をつくります。
山形県の有機栽培のお米のみでお酢の原料になる酒造りの工程から一人でつくる戸塚さん。
シンプルな素材、シンプルな作り方。
元銀行員の戸塚さんは担当になった醸造所に31歳の時に入ることに。
5年間働かれ、事業継承をし戸塚さんが経営をすることになったそうです。
血のつながりでなく想いで事業を継ぐこと。
これからの日本の食文化を守るために戸塚さんみたいな事例が増えていく事は、解決していくために希望の形だと思います。
大手メーカーでは酸素を入れ発酵をさせると、早くて8時間でお酢は商品として作れるそう。
戸塚醸造店は約1年以上をかけてつくります。
「ろ過」という作業をおこなわず、時間をかけて雑味となるものが自然に沈むのを待ちます。
香りと旨みを残す製法。
お話を聞いていると生産するというより、酢酸菌を見守り環境をつくる人、そしてこの地域に適した菌を残していく人という印象を持ちました。
事業継承から13年、また新しい挑戦をされていました。
拠点を山梨県の上野原から都留へ。
富士山の伏流水が豊かなこの土地に移転してのお酢づくり。
水の豊かなこの地域、戸塚さんの取り組みも循環しこの地域も有機的に面白くなりそうな予感がしました。
三島の小林農園は小林貢さんが平成15年に始めた。
そして今年の初夏にはこの小林農園の野菜は食べられなくなる。
支柱を作れなく地に這うトマトが最後かもしれない。
先日、小林貢さんが亡くなられた。
食道癌が4月に見つかりすぐの出来事だった。
小林家は江戸時代後期から代々続く生産者。小さいころから小林さんは農作業の手伝いをしていた。
20代前半、メロンなどの近代農業を仲間と始めたがうまくいかず農業を諦める。
会社員として働いていたが、農業に対する想いは忘れられなかった。
50歳の時に会社を辞め専業農家となる。
その当時は珍しかった農薬不使用栽培を始めた。周りの畑から農薬を使用しない栽培方法に対して非難の声がでた。
しかし自分の信念を貫いた。
しかし10年経つと、地域の高齢の生産者から頼られる存在になる。
そして耕作放棄地にならないようにと地主さんから畑を管理してほしいと、小林さんが耕す畑はどんどん増えていく。
「いっぱい野菜を作って、畑をなんとか使わなきゃ」と笑顔でいつも語っていた。
大変なことだと思うのにすごく楽しそうだった。
畑で笑顔でいる小林さんを見ると、なんだか僕らも自然体になれた。
誠実に土と向き合い地域と向き合う小林さんの野菜は、とても安定感のある美味しさ。
とてもきれいな畑、そしてとてもきれいな野菜。
小林さんは以前よく“循環”と言っていた とお葬式の時、親族が言われていた。
畑にはREFSのお店で出た野菜クズ、また富士宮の和田とうふ屋から出たおからを積極的に使い、肥料は鶏糞を使うが土の状態に合わせまったく肥料を入れない畑もある。
土の循環。
そして地域の循環。
日が出始めると農作業を始めていた小林さん。朝靄の畑で、芽を出したばかりの小さな野菜たちが一生懸命育とうするのを見て「なんとも美しくて農業をやって幸せです」と語られた。
小林貢さんの最後の野菜は人参Nなど、6月は静かにREFSのお店に並ぶ予定だ。
大川さんという若い農家さんが遺作を収穫してくれている。
今のREFSがあるのは小林農園の美味しい野菜のおかげである。
小林さんとは9年間、農業のやり方をいろいろ話した。
行政が提唱する六次産業化も小林さんは実践しようとされた。
でも僕らが出した答えは、生産者が全てをするのではなく役割分担をすること。
つくることは生産者、売ることは小売店。
そして、袋詰めなどの作業、洗う作業は福祉施設さんにお願いできたらいいねと。
もう小林さんの野菜を食べれなくなるのは寂しくて寂しくてしかたがない。
小林貢さんの作品は残していきたい!
と心から思っている。小林さんの大豆は引き継いで残していこうと話が通夜の時、生産者や奥様と話がでた。
同業者の八百屋さんとも、僕らがたくさん売ってたくさん作ってもらいましょうと話した。
僕は小林さんの大豆を日常使いしてもらいたいと思う、
豆腐、味噌、納豆などにして。
小林さんの想いは生き続けていく。
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